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祈りの力 / クリスチャンとしての信仰

なんだか悲観的になってしまうとき、なんとなく気分が冴えないとき。

それは疲れからかもしれないしホルモンバランスからかもしれないし実際に悲しく思える出来事が続いたかもしれないし、全然ピンとこないときもあるんだけど、

そういう時には

「イエスの御名によって私を憂鬱に/悲しくさせてる働きを縛る!神様、わたしを癒し元の状態に戻してください!アーメン!!」

と祈る。

そうすると心がパッと晴れる。ということを今朝も体験した。

ホントだよぉ。凄いよぉイエスさま!!!!

わたしは神様になんでも話す。

神様は神様だからすでにわたしのこと何もかも知ってるんだけど、「こういうことがあってこう思った。こうしたい。だから助けてください!」などと、祈りの中で親密に話し、時に尋ねる。

それがただエゴイスティックな祈りだとしたら自分としても本望じゃないので

「御心ならそうしてください。」「御心じゃないなら違う方法や知恵をください。」等とも話す。

祈りの答えはあらゆる形で返ってくる。

わたしの場合、暫く祈っていないと・神様に対してのフォーカスがズレ始めると何か心の違和感が起きてくる。

祈ると心が正しい場所にセットされた。と感じることが多く、実際目に見えるように祈りがきかれるということをたくさん経験してきて、言葉・祈りの力の凄さに度々驚く。

でも「はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった。- 創世記」だもんね〜〜 そりゃ言葉ってメッチャ大事だ!

心や状況の変化が感じられない時は祈り方を変えたり 自分の最近の思考や行動が愛・信仰に沿ったものであったかよくよく振り返り、悔い改める。

御心でないことの祈り・自分が罪を犯したままの状態での祈りはきかれないとも聖書に書いてあるんだyo〜〜

これからはこうしてブログに信仰生活のことに関して、今までも書いてきたけど今まで以上に書いていこうかなと思う。

わたし自身は19歳の時に自らクリスチャンになる決断をして、それから8年間変わらずクリスチャンで、ドイツでも毎週バイブルスタディしてて、この8年間だけでも数多くの奇跡や神様の素晴らしさを見て経験してきた。

わたしは牧師じゃないし、神学校に行ったことはないけど、聖書には専門家じゃなきゃ福音を伝えちゃいけないなんて書かれてなくて、寧ろクリスチャンの誰しもが福音を伝えていきなさいって書かれてる。

実は演技をすることも絵…

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